*197年*護り龍バグウェル、降臨!【其の壱】
決戦前夜である昨夜。
なにとはなしにナーバスになったトレニアはマルチェロに寄り添い、心の平穏を保っていました。
それを知ってか知らずかトレニア同様マルチェロもただ静かに、隣に身を寄せる妻を抱き寄せて、まどろむだけの浅い眠りにつきます。
ーーー緊張するよな。当然だ。
口にはしませんが、薄く目を開け眺めるトレニアにそんな言葉がよぎります。
窓からの青白い月明かりでいつもより明るく透ける妻の赤い髪を撫でるマルチェロは、正直なところ、エルネア杯が始まって以降心配ばかりの日々が続いていました。
エルネア杯出場自体が名誉であり、更には優勝を飾ったトレニア。
マルチェロは誇りに思ってやみません。
己も同じ騎士隊に所属するが故に一抹の悔しさは拭えませんが、他国からやってきた普通の旅人だった彼女が数年で王国一の腕を持つ武人と成長したのは素直に喜ばしく、亡き父も生きていれば諸手を挙げてさぞかし喜んだろうと想像できます。
しかし。
とろん、と身が溶け入るような感覚に全身が包まれる中で、今はガノスへと召した父へマルチェロは問いかけます。
(ーーー父さんがオレだったら・・・?)
不安でたまらない。龍と闘わせることが。
白夜の日が訪れる度に幼い頃から幾度も見てきたからわかる。
人の言の葉を操る、崇高で異形なる存在への畏れを。
だがトレニアはまだその存在を、よくは知らないのだ。
お腹に赤ん坊だっている。
これまで連戦を乗り越えてきた実績を知れども、不安は消せなかった。
父同様すでに故人ではあるが、母ジェイミーがもしトレニアと同じ境遇を迎えていたら父はどんな心境だろう。
とても仲が良かった両親の姿を思い起こし、想像を巡らせた。
が、ふと。
(・・・オレが弱気になってどうする!)
いつしか眠りについていたトレニアにハッとし、反省と共に自らに喝を入れる。
星を抱いていた空が白み始め、夜が訪れぬ一日が始まろうとしていたーーー。
***
冒頭に戻り。
ジニア「パパー! ママー!」
キク「朝だってば~起きようよ~!」
白夜の日です!
子供達の甲高い目覚まし攻撃にてイロハ家夫妻はようやく夢から覚めました。
昨夜は本日の決戦への緊張でなかなか眠りにつけず、トレニアは寝不足気味。
そして隣で眠っていたマルチェロも何故かいつもとは違い気怠そうに、大きなあくびをしながら身を起こしていました。
マルチェロ「んー・・・まぁ、少しね」
彼らしからぬ歯切れ悪い返事にトレニアは小首を傾げます。
これから闘いへ出向く彼女に自身の内に宿る憂慮に気づかれてはいけないと、マルチェロはそれを隠すように伸びをし、階下へ降りていくのでした。
朝ご飯はザッハトルテにするか~と、不自然なくらい大きな声で独りごちるマルチェロにトレニアはピン!ときます。
だからきっと挙動不審なのです。
ところが。
様子がおかしいのは夫だけではありませんでした。
次女は食事中なのに仮面を外そうとしませんし、長女に至ってはマトラのゼリー寄せが載った皿自体を仮面化しようと必死です。
食卓の異様な光景から目を背けた方が賢明な気がして、トレニアはシンク下に隠しておいた秘蔵のポムワインを朝からあおるのでした。
マルチェロ「今日は4年に一度の白夜だな」
トレニア「バグウェルの姿が見られるね」
夫はケンカを売っているのでしょうかw
答えは返ってきませんでした。
否が応でも時が充ちればバグウェルはやってくるのです。未知なる者ゆえ、下手に知識を持たない方がよいというマルチェロの配慮でしょうか。
せっかちさんな性格のキクは頼もしいことを言ってくれたり。
遊び好きなジニアはのほほんと場を和ませてくれます。
夫婦とはいえ、家から一歩外に出れば騎士隊に籍を置く同僚でもあります。
マルチェロも負けていられません。すっかり追い越されてしまったトレニアと少しでも力の差が縮まるよう、修練に励むようです。
いつからか立ち位置は逆転してしまったけれども、トレニアにとって師匠がマルチェロであることは生涯変わることがありません。
共に舞台には立てずとも、同じ空間にいてくれるだけで心強くなります。
だから、見ていてほしい。
マルチェロが磨き上げてくれた剣技で、龍に対峙する姿を。
自分の力を信じてみよう!
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