*201年*龍の瞳に映るもの
201年21日ーー白夜の日。
夕刻より執り行われたバグウェルとの対戦は、激闘の末に人側が勝利を収めた。
エルネア王国代表として選出された武人、トレニア・イロハ。
一筋縄ではいかない異種族・龍族を相手に負けじと渡り合い、龍から吐き出された業火を浴びて痛烈な痛手を負いながらも隙を突きバグウェルを地に伏すことを叶えた。
闘いの行方を見守っていた神官から告げられた勝利判定を耳にし、トレニアは振るっていた金色の剣を鞘に収める。しかしその瞬間急激に疲れが押し寄せ、龍に打ち勝った歓喜に震えるも身体がいうことを聞かず、王の御前であっても項垂れる上体を起こせずにいた。
片や、護り龍・バグウェルはというと。
龍族の治癒能力はかなり高レベルなものなのだろう。
試合終盤、バグウェルもまた姿勢を保つことがやっとの状態であったにも関わらず、今トレニアの前にそびえ立つその姿からは先程までの疲弊した様子など微塵もない。
バグウェル「よろしい、盟約の通り『ドラゴン・ドロップ』を授けよう」
眩い、しかし柔らかな光に包み込まれた。
艶やかに紅く煌めくそれーードラゴン・ドロップがトレニアの目の前に現れ、思わず差し出した両の手のひらの中に落ちてきたのだった。
それからふと気づく。疲労困憊していた身体が何故かとても軽い。
見ると、バグウェルとの一戦で負った幾つもの闘いの跡が一つ残らず消えている。
龍の炎に焼かれた際の火傷も綺麗に治癒していた。
全てが対戦前の状態に戻っていたのである。
強く熱い龍の鼓動を感じられるドラゴン・ドロップを、夢でないことを確かめるかのようにトレニアは胸へ抱き寄せる。
再び手にした龍の秘宝。
バグウェルとの繋がりを示す、唯一の絆・・・。
闘技場を埋め尽くす人々からの大歓声にアルノルフ王の声もかき消されてしまいそうだったが、側に控える神官が興奮を落ち着かせるよう観客席に向け合図した。
それはとても名誉あるものである。
王の傍らに佇む神官は静かに控えていながらも、その授与にいたく胸を震わせていた。
夫であるマルチェロの弟が神官のケサーリ。トレニアにとっては義理の弟だ。
しかしそれ以前に、トレニアがこのエルネア王国へやって来たばかりの頃からの長い付き合いであるがゆえに、彼もまた観客ら同様にトレニアの栄冠が嬉しくて仕方ない。
神官という職業柄、神秘的な衣装で身を包み、顔を隠すように帽子を目深に被ってはいるが。喜びに打ち震える感情を抑えるのは至難の業で、どうしても口元に笑みを浮かべずにはいられなかった。
アルノルフ「さて、我らが護り龍よ」
眼下のトレニアからバグウェルへと視線を移した王が威儀を正す。
アルノルフ「我らエルネア王国の民は、そなたらと交わした盟約を忘れず、いまもかくの如き戦士に恵まれておるゆえ、安心召されよ」
別れの時が迫る。
四年ぶりの再戦が終焉を迎える。
前回よりも満足度が高かったといえる今回の対戦。
バグウェルが何者なのかを見知っていて、すでに理解していたことがトレニアに少しの余裕を持たせ、怯む気持ちなく腰を落ち着けて挑むことができた。
次にまた会えるとは限らない。
次の白夜の年にまたこの場に立てる保障はない。
静かにこちらを見据える金色の瞳にはもしかしたら未来が見えているのだろうか。
再び来る白夜の日にここに立つ者の姿が・・・。
大きな息遣いと共に、ついに別れの言葉が告げられた。
上空を見上げたバグウェルは翼をゆるやかに広げると、一気に羽ばたき、闘技場から風を切って飛び立つ。
噴煙が巻き上がる中、龍の真下にいたトレニアだけには見えた。
王国を守護する龍の、慈愛に満ちた眼差しがーーー
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